Yamotty Blog

プロダクトマネージャーの雑記

命の有限感

突然だけど、ちきりんさんの「命の有限感(http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100804)」というエントリ冒頭を読み返してふつふつと思い上がる気持ちがあったため書き留めておこーかなーと思いました。この本はエントリを理解する上でとってもオススメ

「人生論」 (ロング新書)

「人生論」 (ロング新書)

 

人はいつ死ぬかわからない、というのは真理だけど、人は「その真理を知らないふりをしたがる」というのもまた真理じゃないかな。 人には忘却装置がついていて大事なこともそうでないことも忘れるようにできている。だからこそ辛いことがあっても生きていけるのこもしれないけど、忘れられないこともある。そういうことからはあえて知らないふりをしてしまうことで対処しているのではなかろーかと思うのです。

 死ぬ、というシンプルな事実に対して、知らないふりをするのが上手い人、大杉っておもいます。

 

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僕は23歳の時、「①人は簡単に死ぬ」ということと「②いつ死ぬかわからない」ということ、そして「③その法則において自分が例外ではないこと」を知る機会があった。今から1年半前の2011年3月11日のことだ。いわずとしれた東北大震災の日。 この日を迎えるまで①②に関しては「なんとなくそうなんだろうなー」くらいに認識していたが、この日を境に唐突に”理解”した(つもり…)。そして③に関してはこの時初めて知った。脳天を打たれたような衝撃で、自分がいつ死んでもおかしくない存在であることに気づいた。その日までの僕はどこか自分の命に楽観的で、80歳まで何もトラブルなく元気に生き続けるものとばかり思っていた。平和ボケでした。

 

1.3.11当時

 

あの時僕は宮城県は仙台の大学院に通う修士1年目で、2年目に上がろうとしていた。そしてちょうど就職活動がピークの時期でもあり、大学院での研究を停止して就職活動に本腰を入れようとしていた時でもあった。 とはいえ夏/冬の志望業界へのインターンを通じてほぼほぼ「希望通りの業界へ進むことができそう」と思っていたため、忙しい合間を縫って沖縄へダイビングライセンスをとりに旅行していた。

それがちょうど3月の初旬の僕だった。沖縄から帰ってきた5日後がかの大震災だったわけで、このとき調子に乗って宮城沖でダイビングに繰り出していたりしたら間違いなく死んでましたね。人生は完全にタイミングだ。

 

2.当日

 

当時コーチをしていた大学のクラブから帰って、彼女(現嫁)の家で引越の手伝いをしていました。彼女は僕の一個上で大学の先輩だったこともあり、一足先に就職して上京が決まっていた。それで棚とか大型家具の解体のためにお手伝いしてて、その時に地震が起こった。その日から2,3日前にも仙台は震度5程度の揺れが何度か起こっていて、今回もそのたぐいだろうと思い、自身が起こり始めた頃は「震度4!」とか震度当てて遊ぶ余裕があった。一瞬でなくなったけど。

地震はすぐに立っていられないレベルになり、僕は彼女とベッドに飛び乗って怖くて二人で固まってた。耐震マンションで、「震度7の揺れが来ても大丈夫」と言われていたマンションは間違いなく倒壊すると思うほどに揺れ、それが2分くらい続いた。体感は10分くらいずっと揺れてたイメージだけど、あとから2分くらいと聞いてびっくりした。

僕は「このまま二人死ぬ「誰にも知られずに死ぬ」ということをベッドの上で悟った。あの瞬間は完全に諦めたし、自分の命が終わることを確信した。「どうしようもないじゃんなんだよこれなんだよこれなn」みたいに頭の中でずっと同じ事考えてたのは覚えてる。。光っていた電球が消えて、ライトが落ちてきそうになった。それが彼女に当たるのは御免だったから、抱き寄せて少し場所をずらすくらいは理性が残ってた記憶もあるけど定かじゃない。

 

3.そして

 

これから先の経過もいつかは記録として残しておきたいとおもうんだけど今回いいたいことはそんな暗い話じゃないのでカットカット!

つまり何が言いたいかというと、「僕にも生命の有限感に気づく機会があって、でも自力でたどり着いたわけじゃない」ということ。同じように、僕の中で”大きな考えの変化”が起こるときは決まって外部要因が必要なんですよ。自ら自分の脳味噌に命令出して考えを変えていける人を僕は天才とよんで良い人と認めてて、本を読む限り(ちきりんさんもおっしゃるとおり)堀江氏はその類に当たります。

 

この有限感がそれ以降の僕にもたらした影響はすごく多くて、よくも悪くも「何年、何十年という安定」に対して全く興味を抱かなくなったんだよね。90年台のヒッピー的い言うと「今を生きる」志向へシフトしたように思います。3.11前までの僕はもっと保守的でしたよ。うん。

 

「今を生きる」志向を分解するとこんな感じ↓。

1.年オーダーで我慢できるものがなくなった。長くて3ヶ月とか(忍耐力が低下して...)。

2.本質的価値の無いものに時間を投資するのがすごくもったいなくなった(諦めも早くなたよ!)。

3.自分にとって大事なものをいつも探るようになった(相対的な幸せより自分のものさしのほうがずっと大事に)。

4.家族を大事にしたいという思いがいっそう深まった(血縁欲求が強くなった)。

5.面白いことや変化が無いか、いつも探すようにになった(わくわく欲求)。

6.一生懸命いきたいと切に思うようになった。

 

こーいう志向への変化って、個人的には超絶ポジティブな変化だなあと思う。不謹慎で声を大にして言うことではないが、3.11が気づかせてくれたこと。あの大災害を生き延びて、そしてポジティブな変化が自分に起こったことについては素直に神様に感謝しなくてはいけない。3.11以降ではそういう変化がぼくにあった。

 

4.いま

 

んでなんで今さらこんな思いエントリを書くに至っているかというと、このFreshな変化すら就職してたかが半年弱で若干失われかけてたことに気づいてしまったからだ。思い出せたけど、危なかった。らっきー!

日々の仕事やルーティンは、こんなデカイ志向も思いも忘れさせる効果があるのだと実感した。恐ろしいことだ。今を生きるために選んだ職業で、まったく今を生きれていないではないか。こんな人生を選択肢たかったんだっけ?本当にいま楽しんでる、おれ?一生懸命生きてる?今の仕事は本質的な意義ある?我慢してるんじゃない?

 

自分に問いかけることを忘れていた。