Yamotty Blog

プロダクトマネージャーの雑記

リーダーシップ

伊賀さんの著書「採用基準」を読みました。

採用基準

採用基準



内容は、マッキンゼーという世界一のプロフェッショナルファームが求めている人材、そしていま日本という国が求めている人材。彼らに必要な資質がリーダーシップである事を一冊かけて説いています。

内容をざっくりおさらいすると...


・Mackでも日本でも、一人ひとりがもつリーダーシップの総量が増加していくことが重要である。
一方で日本におけるリーダーが「ひとりのスーパーマン」に思われがちなことが大きな問題であると提起している。

・リーダーとは「総理大臣」「社長」「部門長」「部長」はたまた「キャプテン」「バイスキャプテン」といった「役職の名前」を指すものではなく、リーダーシップを発揮する人のことを指す。

・アメリカではリーダーシップは誰でもトレーニングを積むことで身に付けられる素養であるという認識がされている一方で、日本では生まれ持ったカリスマ性・誰にでもあるものではないという前提があるということ。

・リーダーシップとは、自分が認識した問題を解決することのできるパワフルなツールであること。そして一度リーダーシップを発揮した経験を持つ人は、問題解決を通じて喜びを求め、さらなるリーダーシップ発揮の機会を求めること。

といったことが主な彼女の主張でした。伊賀さんのいうリーダーシップは、日本語で正確に表せる言葉がないんじゃないだろうか。

 

ーーー

 

 

僕はこの本を読みながら、まっさきに大学のアメフト部、そこでリーダーシップを発揮した体験のことを考えていました。

僕は大学時代の4年間と大学院時代の2年間、それぞれ選手(4年時副将)、コーチとして合計6年間の時間を(ほとんど)注いできました。そこでの日々は刺激的以上の表現がないです。

毎日毎日、「あいつにはできて自分にはできないこと」をつきつけられる目を向ける。

前を向いて、弱点を潰そうと練習をする。トレーニングをする。複雑で難解な戦術を勉強をする。

 

学年や役職は関係ない。実力がすべての世界。年齢に従ってきた人生がひっくり返った。

 

一人ひとりが部内競争にさらされながらも、組織の最適化を同時に目指していく。個人の成果ではなく、チームの成果にのみ意味があるから。チームが勝たなければ、個人の成績は紙くず同然だから。

 

ひとりひとりの役割は違う。だから個々が自分の役割にリーダーシップを発揮する。私にとっての問題は、貴方にとっての問題とは限らない。

 

競争に勝ち抜いて試合に出たら、フィールドでは組織の代表。そこに立っているだけでリーダーシップの発揮が求められている。看板を背負っている。

 

だから、

 

フィールドに立つのなら、覚悟を決めたなら、全ての問題に責任を持たなければいけない。問題を提起しなくてはいけない。解決しようとしなくてはいけない。声を上げて違うと言わなければいけない。タックルは外してはいけないと伝えなければいけない。体で見せなければいけない。

 

もしフィールドに立っている人間の振る舞いが甘かったら、そいつらを変えなければいけない。

 

これが全部リーダーシップだよ。

チーム全員が、そうやってコミットできるチームが一番強いんだよ。

問題から目を背ける人間がおおいほど、弱いチーム。弱い組織。

 

僕の母校は果たしてどっちのチームだっただろうか。