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Yamotty Blog

プロダクトマネージャーの雑記

南相馬やら飯舘村やらに行って、福島の復興を考えてきた

■福島では2年遅れの復興が始まりつつある

この前福島県・南相馬を初めて訪れたのだけれど、実は福島は最も復興が遅れているということをマザマザと実感した。

僕は東北地方の産業創造、産業復興の中間支援にスポットを当てて取り組んでいる。

具体的には東北で新たなIT産業を興そうという取り組みであったり、

もしくは元から地域にある素晴らしい商材を、これまでにないようなマーケティングや経営戦略構築のサポートを(いろんな人と手を組みながら)行うことで、東北に力を、というコンセプトで動いている。

しかしこのサポートを行うには絶対条件が2つある。それは現地に根ざしたキーパーソンと手を組むことと、実際に産業を担う事業者が必要だということ。

 

4月からの2ヶ月で岩手、宮城の沿岸部はだいたい回ったが、この2県は将来が明るいと思っている。

これからの日本の地方がもれなく抱える産業問題を、先行して解決できるチャンスが有り、人材も商材も揃っている。とりわけ人材に関しては眩しい方々が多く、地元出身者ならずとも、東京からあらたな自己成長・自己実現チャンスと捉えて能力者が集結している。リソースがあるのだ。

 

しかし、福島はこの被災2県都比較して、厳しい状態にあると言わざるをえない。

原発事故による被害は、津波によるものとは毛並みが違った。

人が追い出され、

土地には作付けを禁止され、

漁師は海に出るなと言われ、

補助金だけを頼りに生きていくしか無いのが福島県そうまエリア(南相馬や浪江、飯館などなど)の現状なのだ。

 

その中でも希望を胸に活動をするキーパーソンはいる。彼もこの2年は相当に苦しかったと話している。

人が消え、産業も消え、明日には自分も追い出されかねない。

福島は日照条件のよく、東北には珍しい農作物を育てることも出来、農業はひとつの強みだったが、作付けが禁止されたことで、農家から加工業社まで職を失った。

放射能被害のないITを立ち上げようにも、人がいない。

街全体で力を合わせようと声をかけるも、この2年間は自暴自棄であったり、外部の声など受け入れない住民も多かった。苦しい2年だったという。

 

しかし3年目に入り、状況が好転してきた。

職を失った人々が、(言い方は悪いが心の整理や、現状の把握ができてきたために)やっと生業の確保を本気で考えるようになったという。

そこであるキーマンが全浜通りをまきこんだ市民会議を発足させた。

参加者は事業者、市役所、商工会議所、高校生とまさに全そうま会議である。

近々第3回めの開催を予定するこの会議には、倍倍ゲームで参加者が増え、100人を超える勢いだという。そこでそうまエリアの未来の産業を話し合う。

 

…というタイミングで、僕らが産業の中間支援でそうまに入ることが決まった。

これまでより一層ハードなゲームに鳴ることは間違いないが、

キーパーソンや各プレイヤーたちの信頼を得て、

そうまと伴走できる自分でありたい。そうまを立ち上がらせたい。

 戦略・KPI・OKR・マーケとか難しいビジネスの手綱を我々が握りつつ、

現地との密なコミュニケーションをツールにしてMake changeを起こしたい。

伴走者として価値を出せるように、頭も手も足も使っていこうと思うのでした。

 

へばの!

 

PS.東北の人達って、共通項がある。信(芯)があって、縄張り意識が強く、人見知り。共感出来るだけに、迎え入れてもらえるように上手く立ち回れたらなぁ。