Yamotty Blog

プロダクトマネージャーの雑記

「共」を創る仕事/まちづくりトップランナー

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きょうのおやつ。

「共」を創る仕事。

いま、地方で生きるということ

いま、地方で生きるということ

こちらに、とてもおもしろいフレーズがあった。

 欧米では公(Public)・共(Common)・私(Private)の三つは別々の概念として捉えられている。Publicは社会のことであり、Privateは個人の私的なこと、その間に有るCommonは共有の緑地や場を指しており、名前もこの通り分かれている。
 ところがにほんでは「公共」という言葉で、この内の二つが一緒くたになっている。
(中略)
公共という言葉の再検討・そして、街や空間に対する関わり方のリデザインが、このあと各地で必要になってゆくんじゃないか。

共という要素が実は公に含まれてしまって、住民が自由にデザインしてつくれる要素が、社会に包含されてしまっているために恐ろしく少ない。日本はそんな状態なんじゃないか。例えば、公園て本来は住民のもので、使い方は住民がデザインしてきたものだった。木を植えたり、道を引いたり、犬の散歩するルートなんかは、使う住民が心地よいように、余白の中から、ユーザーのなかで決めてきた。

東京を嫌い、地方への仕事に期待をこめる人々の中にある隠された前提は、「共」を創りたい・取り戻したいという期待と、コンクリートとスキームに固められた都市ではなく、工夫の余地・余白の残された地方や田舎への期待なのでは。

そう思いました。

ちなみに、イケハヤが高知に行くとかは、本当にどうでもよいですね。何か産み出すんだろうか。

余白のある仕事

仕事のHowを語る切り口としてよく見る、東京と地方、大企業とベンチャー、グローバルと日本、みたいな二項対立論は食傷気味ではあるが、こと働き方に関しては「余白の有る仕事のほうが面白い」というのが自分にとってなんとなく確からしい。余白が有る、とは、①工夫の余地が大きく、②自分がオーナーとなれ(結果に責任が持てる)、③プロセスをデザインが出来るという3要素かなと思う。

発散するが、東北大(院卒)→商社→ベンチャー(マネジメント)という同じような経路をたどっている奥田さんという顔の濃い方がいて、彼が語る東洋経済の記事にとても共感をおぼえました。学生時代の終わりかけに一回あったきりだなぁ。

総合商社に入社するということは、「総合商社に入社する」ということがひとつの大きな選択であって、自分がどんな条件で、どんな仕事をどんな方法でやっていくか、ということは、なかなか選択できませんから。

あとは、僕自身が大きいチームで大きな仕事をやる、ということよりも、少ないチームで大きな仕事に挑戦するというストーリーに魅力を感じるほうなので、スタートアップはまさにその点で面白みを感じています。大人数で稼ぐより、小さいメンバーだとか個人にスポットが当たって、なにかやるというのは刺激を感じますよね。同じことが続く環境とか、未来が見えてしまう環境にいることよりも、先が見えない環境で自分がいろいろ挑戦できるほうが好きですね。

http://toyokeizai.net/articles/-/26388?page=3

まちづくりトップランナー

復興まちづくりにおいて、画期的に施工期間を短縮するなど、モデルとなるような取組を行っている先導的な事例「まちづくりトップランナー」(復興まちづくり先導事例集)が公表されています。
住民との綿密な協議による計画づくり、柔軟な計画変更による早期整備といった7つの成功事例が紹介されています。

いろんな方々とお話する際に、被災地での今年の大きな動きとして「家が建ち始めること」と、よくお話させてもらっています。
本年3/31現在、被災により家を失った方を対象とした災害公営住宅の建設(着工)状況は、岩手県全体で約22%、宮城県全体で約26%。それが、2014年末には約70%が着工されている状態に(復興庁「復興の現状」。

上記のトップランナーからは、いち早く家・まちの建設へ向けて進むことのできた事例と要因。詳しくは資料参照なのですが、宮城県岩沼市・玉浦西地区のまちづくり進展の早さは烈さんからの紹介もあり注目してます。ハードだけでなく、ソフトコミュニティ支援に使える普遍的な何かを提供したいなぁともやもや。

(参考)岩沼の集団移転先 玉浦西に来夏スーパー 伊藤チェーン