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Yamotty Blog

プロダクトマネージャーの雑記

このwebメディアが乱立するご時世に個人ブログの意味

f:id:yamo3:20160109170812j:plain (乱立イメージ)

メディア乱立の功罪

キュレーションメディアの成功事例が見え始めた2年ほど前くらいから、驚くほどwebメディアが増えた。

彼らには彼らの意図があり、メディアを営んでいることに何の文句もないのだが、メディアの数と比例してコンテンツの質は下がっている。 そしてコンテンツを消費するユーザーにとっては必要な情報にたどり着くコストが上がってしまっている。

この辺の功罪は論点ではないんだが、

~かもしれません。
みなさんも試してみてくださいね!

のような、自分の意見を盛り込むことを禁じられたかのような無機質で平坦な文章でくくられるコンテンツを大量に見てきた。 この価値を否定するつもりはないが、要はつまらない。

逆に「おもしろさ」を感じているのが個人ブログ。それも、知り合いの個人ブログである。

個人ブログの何が面白い

知り合いの個人ブログを見つけると、僕は全記事遡って読破する。 そうすると、

  • 普段のコミュニケーションを補完できる超個人的な情報
  • 思考の型

この2つが見えてくる。 これが超面白い。編集者が付いたwebメディアを読むより、絶対に知り合いの個人ブログが面白いと思っている。

それは個人ブログが個人の偏見を交えて適当な文体で書かれていて、第3者性による制約を無視されているからこそ。 (逆に公平で公共なメディアを個人でも運営されている方もいらっしゃるし、その点になんの異論もないが僕は好きじゃない)

編集の入らない個人的意見こそすごく気になる情報。 そしてその情報がなかなか世の中に浮かび上がりにくい、発信しにくい世の中感はひしひしと感じている。 からこそ、生々しく書かれた個人ブログの面白さを痛感しているのかもしれない。

個人の情報を見たいというニーズはFacebookで十分かもしれないけれど、Facebookの友だちリストが職場の社員リスト化しつつある現代だと、ソーシャルメディアこそ個人の意見が浮かび上がりにくい。Yes/Noが言いやすい誰かが作ったコンテンツにひと言コメントを付けてシェアするのが関の山だろう。濃さも量も足りない。

コンテクスト

日々「このひとはなんでこんな意見を形成するのか?」と疑問を抱く回数は少なくない。 コミュニケーションの量が少ない相手ほど、そう思うことが多い。 それは僕自身が相手の生きてくる中で得てきたinputやめぐらした思考を理解していないからこそ起きる事象である。

  • 誰と合った
  • 何を読んだ
  • 何を聞いた
  • 何を感じた
  • 何を思った
  • 何が好き
  • 何が嫌い

まるでお見合いの自己紹介で聞くべきこういった項目が、なかなかシェアされにくい世の中だなぁと感じる。

そんな時にその人のはてなブログのアカウントを発見すると、すこしその人の意見の経緯、コンテクストを理解できる。 すると、次のコミュニケーションが少し変えることができる。

個人的な反省で、プロダクトなどの専門性が高い職務に集中すると、それ以外の物事に自分の意見を形成したり、広く伝えることがおざなりになる。きっと相手からしてもコミュニケーションもしづらい状態だと思う。

強制的に改善するために、ブログをできるだけマメに書くようにしてみている。今のところいい感じ。 ただ前の記事がまともな人の間でそこそこ流通したため、記事を書くハードルが上がってしまった。 だからこのポエムでリセットしたい。

まとめ

  • 個人ブログに宿る人なりの濃く反映された意見が読みたい。
  • 俺も書くからおまえも書け論