Yamotty Blog

プロダクトマネージャーの雑記

『気持ちの良い選択肢だけの世界』

d.hatena.ne.jp

「持ち場で頑張る」が口癖のユウタロスさん(id:grand_bishop)の少し古い記事。

クラブメッドというリゾート会社がある(知らなかった)。

ここが運営するリゾートは基本オールインクルーシブ(交通費、宿泊費、滞在中の食事代、アクティビティ代がすべて込み込み)で、滞在中お金を払うことは皆無だ。そんなときは飲みたいものを飲み、食べたいものを食べ、やりたいことをやって金の勘定は一切しなくて良い。そんな日々が1週間も続くと、今までに感じたことのないようなストレスフリーな気分になれる。というもの。

僕も数年前にモルディブへ旅行したとき、同じ体験をしたのでよく分かる。 喉が渇いた時に好きなものを好きなだけ飲んで良い。どれをとっても満足度が高い。選択の必要が無い。というのは贅沢なのだ。

人は普段の生活で費用対効果を常に計算しながら取捨選択を繰り返している。毎日、毎日だ。 自動販売機の前で、100円の200ml入りパックジュースを買うか、120円の350ml缶ジュースを買うか? おにぎりにから揚げくんを付けるかつけまいか? レストランでグラスのシャンパンを頼むか、はたまた思い切ってボトルで入れるか? 30%引きのセール品を買うか、欲しい服はなくなるかもしれないがもう少しまって50%引きになるのを待つか?

人生は選択の連続であり、そのために我々が払うコストに、我々は疲弊している。 提供されるモノやサービスが一定レベルを超えていれば「選択肢がないこと」が最もストレスフリーではないか?という氏の仮説はもっともらしく、そしてそれはマンキューの十大原理という経済学の常識で説明できるらしい。

僕は本州最北端の何もない田舎町で育ち、その選択肢の少なさ、同じレールを進む周囲の金太郎飴に嫌気が差して上京してきたクチである。地元で頑張る旧友たちは素晴らしいと思うのだが、自分はその道を歩みたいとは思えなかった。もっと自由がほしいと感じていた。

そうして上京してくると、たしかにはじめは選択肢の多さに自由を体感する。しかし、次第に選ぶことに疲れてしまう。選ぶことというか、選ぶに値しない選択肢が多量にあるので、足切りに疲れてしまうのだ。「自由度」は選択肢の多さに比例すると思っていたが、最近は「そうではないかもしれない」と思い始めている。

本当の豊かさは「上質な少しの選択肢から選ぶこと」で得られるのではないか。

インターネットでの贅沢

少し話は変わり、インターネットの本質はマッチングだ。

そして、需給の多様さ・量に特徴がある。

モルディブのオールインクルーシブでは、いくら僕が日本のラムネが好きであろうと、頼めるのはコーラかせいぜいジンジャエールまでだ。それらはたしかにある一定の品質を上回る選択肢で十分満足を与えてくれるが、ラムネが異常に好きな人が来た場合に最上級の満足を与えることが難しい。しかしインターネットだとこれが可能になる。

データのストック(=選択肢)はラムネ瓶1本より物理的に軽いため多種多量に保有できる。だから、理論上はラムネ好きだけでなく、「北海道産のガラナジュース」や「栃木産のファンタ」といったありとあらゆる趣向にまで対応できる(可能性がある)。

提供できるものも多種多様だが、ニーズも多種多様なのがインターネットの世界だ。ユーザーの中には「ギリシャ産の日本酒」が好きな人もいる。こういった得意な趣向へも見事に対応し、多対多のマッチングが日々行われる。

膨大な種類の趣味趣向に適切なマッチングをする必要から、インターネットでは「上質な少しの選択肢を提示する」ための技術がリアルの世界と比べると圧倒的に発達している。

  • Googleで適当なキーワードを検索した時に結果として返ってくる答えも、日々の我々の活動から個人の趣味趣向に対して最適化されているし、
  • Facebookのタイムラインは日々僕らのいいねやコメントを元に、「次にいいねしたくなりそうな投稿」を魅せることに最適化されている。
  • Amazonでは「あなたが欲しいのはこれでしょ?」と推測する技術を高めるために日々コンペが行われているし、
  • メルカリのタイムラインも、小さい枠の中で個人へ上質な選択肢を提示することに最適化されている。

「圧倒的多種多様な中から価値のある選択肢を推測して一部を提示する」というのはインターネットの特技であり、我々の享受できる「贅沢」でもある。そう、上質なものを提示し続けられるのなら、ユーザーは選択肢が少ないことのほうが贅沢なのだ。

量から質への

多くの選択肢が用意されている、という点がインターネットの価値であった時代は間違いなくあったはずだ。が、選択肢が爆発的に増えてしまった現代では、「気持ちの良い選択肢だけの世界」を作ることのほうがより価値を産んでいくはずだ。

「気持ちの良い選択肢だけの世界」は個人の情報を元に創られていく。「気持ちの良い選択肢だけの世界をつくる技術は」、スマホの普及によって間違いなくステージを上げた。スマホが大衆の個人情報をオンライン化したからだ。

さらにPC→スマホの大きなうねりは不可逆なものであり、これからはスマホだけでなく、よりパーソナルな機械や装置までもオンラインに接続されるようになる。規制との戦いはあるだろうが、人間は快楽を求める生き物だから、より便利になる方向へは逆らえない。

スマホから取得するのに限界が会った情報が、IT企業の元へ収集されていく。IT企業はこの情報をもとに事業機会を伺い、あらたな市場を食っていくことになる。

僕らサービスやプロダクトを創る人間にとって、この流れは逆らえるものではない。

  • ECは1st viewでほしい商品を提示しなくてはいけない
  • メディアは1st viewで「いいね!」がもらえる記事を提供しなくてはいけない

「気持ちの良い選択肢だけの世界」を創るプロダクトだけが生き残る世界で、頑張っていくこととしよう。

(この記事はGW初日の開発合宿疲労からの逃走から60minで書かれた)