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Yamotty Blog

プロダクトマネージャーの雑記

悪いように見えて、実はよいアイデア - 『逆説のスタートアップ思考』

スタートアップ

逆説のスタートアップ思考 (中公新書ラクレ 578)

逆説のスタートアップ思考 (中公新書ラクレ 578)

Taka Umadaさんの著書「逆説のスタートアップ思考」を読んだ。この中でまるまる一章を割いて説かれているのが「スタートアップを始めるうえでアイデアの重要性」である。こんな一節から始まる。

スタートアップは全て「アイデア」から始まります。アイデアが悪ければ、どんなに優れたチームやプロダクト、または実行力が備わっても、急成長することはできません。アイデアという根本的な部分を間違うと、その後の事業全てが破綻します。

僕が先日翻訳を行ったポール・グレアムのエッセイ『How to Get Startup Ideas』でも”アイデア選定の重要性”についてのメッセージが強く打ち出されている。

スタートアップには多くの人が「わずかにほしいモノ」か、少数の人が「強く望むモノ」のいずれかを作ることができる。この場合、後者を選ぶことだ。後者のタイプのアイデアのすべてが良いスタートアップアイデアとは限らないが、成功したほぼすべてのスタートアップアイデアは後者のタイプだ。

スタートアップは断続的な成長ではなく、急成長を目指す企業体だ。この本では、スタートアップにとってのアイデアは「悪いように見えて、実はよいアイデア」であること、そして「考えるのではなく気づくことだ」とまとめられている。

― 「悪いように見えるアイデア」のほとんどは「悪いように見えて、本当に悪いアイデア」であることから、その選定には極めて注意が必要だ、という但し書き付きで、ね。

評価 : ★★★★★ (5)

自分を含めて、これからスタートアップを通じて新たなアイデアを検証していく際には、以下のような不安がつきまとうのではないだろうか。

  1. 「スタートアップのためのアイデア」はどのように生み出すべきなのか?
  2. どういう性質のものであるべきなのか?
  3. アイデアをどうやって評価すればよいか?

この本はそういった疑問に対して、”ものさし”になるような本だ。簡潔で、読みやすい。著者の意図がとても反映されている。

この記事では特に1. 生み出し方2. 性質 について特筆すべき点を引用付きで紹介したい。 またこの本には「悪そうに見えて、実はよいアイデア」なのかどうかを検証する『アイデアのチェックリスト』が付いている。これは起業家や投資家の発言から、3.アイデア評価をするための軸を与えてくれる素晴らしいまとめだ。こちらも合わせて紹介させてもらいたい。

1 / アイデアの生み出し方 - 考え出すのではなく「気づく」

スタートアップのアイデアは、ポール・グレアムが言うところの”Organic”に生まれることが望ましい、というのはこの本でも度々説かれている。

反直観的ではありますが、急成長するスタートアップのアイデアは考えようとしてはいけない、ということです。アイデアは考えるのではなく、気づく必要があります。だからまずは自分の体験やたくさんの人たちのやっていることに注意を払ってみる。それがスタートアップのアイデア探しの方法だといえます。

もう少し別の確度からアイデアに気づく方法も紹介されている。それが反領域的な場所を選ぶことだ。

反領域的な場所で探す

グーテンベルクが活版印刷機を発明できたのは、ぶどう圧搾機を見て、それが印刷に使えることを思いついたからと言われています。別のところで発達した知識やツールを他の領域に応用するような反領域的な試みは、新しいイノベーションのきっかけとなり得ます。

この「ある領域Aで有用な手法を別の領域Bへ持ち込むこと」は「領域Aに近すぎず、自分が専門性をもつ領域Bを選ぶ」という条件がつくように思える。現Y Combinatorの社長であるサム・アルトマンは「流行のアイデアをもとにしたスタートアップの投資は1つ例外を除いてうまくいかず、逆に他の投資家が断ったようなスタートアップへの投資の方が良い成果を出している」とも話しており、領域Bを選ぶことには相応の難しさが伴うことがわかる。

領域Bにとって「新しい価値」となる手法を選定し、正しく持ち込むこと。そのセンスは自分の経験や観察からOrganicにアイデアを生み出すこととそう難易度は変わらないかもしれない。注意を配り、気付きを捉えられるよう集中力を高めていきたい。

2 / アイデアの性質 - 悪いように見えて、実はよい

生まれたアイデアは「どのようなものであると良い」のだろうか?その答えは「やってみるまでわからない」が本当のところであるが、殆どのアイデアは「悪そうに見えて、単に悪いアイデア」であり、「悪そうに見えて、良いアイデア」を選ぶことをこの本は何度も強調している。そしてそれは本当に難しい、とも。

「悪く見えるアイデア」を選ぶとは言えピーター・ティールの「賛成する人がほとんどいない大切な真実」という言葉で重要なのは、賛成する人がほとんどいないけれど、それは真実である、という条件を含んでいることです。この条件をみたすのは、本当に難しいことです。
(中略)
繰り返しますが、このポイントは何度でも強調させてください。ほとんどの悪く見えるアイデアは単に悪いアイデアです。

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では「悪いように見えて、実は良いアイデア」とは別の確度から観察するとどういうものなのか。共通する特徴を抜き出してみる。

「難しい課題」のほうが簡単

この本のタイトルが"逆説の”となっている理由は、スタートアップを成功させるための思考法は時として「論理的に考えて正解と思われることの逆を実施したほうが成功に近い」というパラドックスがあるからだ。

もう一つ、スタートアップにとって反直観的で重要な事実として、「難しい課題のほうがスタートアップは簡単になる」というものがあります

難しい課題は「社会的な意義」を含むことが多く、そのミッションやバリューがGoogle で広告のチューニングのために働くエンジニアがスタートアップへ移る理由にもなる。多くの人が手伝ってくれる「大義名分」が得やすいのだ。また難しい課題ほど手付かずのまま市場が残っていることが多く、競争が激しくなかったり、大きなアップサイドが生まれる。直観的に無理だ、と思ったアイデアこそスタートアップ向きのアイデアなのだ。

良いアイデアは「面倒」

誰もやりたがらない面倒な課題を選ぶことも、反直観的ながらスタートアップにとって極めて有効なアイデアとなる。例えば世界中への貨物輸送を最適化するFlexportのアイデアは、紙で行われていた積荷目録をすべてデータベースへ置き換えるという「面倒」な仕事から始まった。

Flexport という貨物の輸送を可視化できるサービスを提供したスタートアップは、世界中の運送業者のデータベースを用意し、それを無料のソフトウェアとして提供することで、運送をより効率化する土台を整えました。彼らはこれまでメールやFAX,紙で行われていた積荷目録を一つひとつデータ化していき、「規制機関から認可が下りるまでに2年かかる」という面倒な作業を乗り越え、現在、世界の物流を効率化するサービスとして注目を集める用になっています。彼らの取り組んだ課題は、業界内で課題として認識されていたものの、面倒だし、退屈で、誰もが無視していた課題です。それに取り組んだ結果、大きな成長を遂げることができました。
大きな仕事をしようとすればするほど法律や規制、既得権益などが絡み、面倒な仕事はたくさん発生することになります。そうした領域に踏み込むことは誰もが嫌がります。しかし裏返せば、面倒な仕事は誰もがやりたがらないため、大きな課題と市場が手付かずで残っている場合があります。

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”インターネット世代のための仲業者”と銘打つFlexport

シンプルだが、説明しにくい

難しかったり、異様に「面倒」だっとしてもスタートアップの提供するプロダクトはシンプルであるべきだ。一方でその概念は説明しにくい。「既存のカテゴリーにはまらない、事業内容を説明しにくいもの」だからだ。

今でこそ大衆に広く認知され始め、時価総額兆円クラスを超えるAirbnb やUber も、プロジェクトが生まれた数年前にはそのアイデアは「シンプルだが、説明しにくい」ものの代表例だった。(いや、いまもそうかもしれない)

Airbnb のアイデアは「他人の家の空きスペースに泊まる」という極めてシンプルなものです。Uber の仕組みも「見知らぬ他人の車をスマートフォンで呼び出して相乗りする」とシンプルに説明ができるでしょう。しかし、こうした説明を彼らの登場前に初めて聞いたとすれば、おそらく「まさか」と反応してしまうアイデアだったのではないでしょうか。言い換えるならば、シンプルな表現で意味自体はわかっても、意味する内容はわかりづらいアイデアだといえます。

Umadaさんが公開しているスライドの中では、スタートアップのアイデアが説明しにくい理由が以下のようにまとめられている。

  1. 脱領域的でカテゴリがない
  2. 適切な言葉がまだ無い
  3. 創業者も真の意味がわかっていない

よりよい、ではなく「異なるもの」

従来のソリューションの生産性を倍にするようなソリューションはスタートアップには向かない。なぜならスタートアップには信頼がなく、2倍程度の性能差では大手が提供するソリューションをリプレイスできないからだ。信頼のないスタートアップが既得権益を置き換えるには10倍の性能を提供する必要がある。そしてそれは「よりよい」ものではななく、「異なるもの」だ。Amazonに買収されたKiva Systems(現・Amazon Roboticsはその典型とも言える。10倍の性能を持つものは総じて「狂ったアイデア」だ。

スタートアップの製品は従来のものに比べて、性能で10倍、もしくはコストやかかる時間で10分の1を実現する必要があると言われます。
(中略)
Amazonに約650億円で買収された、仏隆寺魚を手がけるKiva Systemsは、それまで避けられないと思われていた「物流センターで人が移動しながらピッキング作業や物の持ち運びをすること」を問題として捉え、それをロボットという、2003年の設立当時からすると「狂ったアイデア」で解決しようとしました。しかもロボットが人のように取りに行くのではなく、ロボットが棚の下に入り込み、商品の載った棚を乗せて人のもとに持ってくるようなやり方で、です。普通はそこで、どうやったら効率的な棚の配置をするかや、小型のセグウェイのようなものを使って人間の移動を速くする、などを考えるでしょう。しかし彼らは棚自体を動かすことを考えました。

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”Amazon is able to quickly package and ship millions of items to customers from a network of fulfillment centers all over the globe.”

3 / アイデアの評価 - チェックリストと照らし合わせてみる

ここまで「悪いように見えて、実はよいアイデア」がどうやって生まれ、そしてどういう”習性”をもつのか、について見てきた。しかし仮にアイデアを生み出し幾つかの習性を満たしていたとしても、そのアイデアを自分自身で「良いものだ」と評価するのは難しい。”一見悪いアイデアに見える”、”言葉にするのが難しい”、”自分にしか気づいていない真実を含んでいる”のだから当然だ。そういうアイデアを評価する上で最も参考になるのは、過去に「悪いように見えて、実はよいアイデア」を生み出し、育てたことのある先人の経験だ。この『逆説のスタートアップ思考』にはその先人の発言が引用され、チェックリストとしてまとめられている。

あなたのアイデアがその全てに応えられる必要はないと思いますが、検証の一つの指針にはなるはずです

何かのアイデアが浮かんだとき、それを測る物差しとしてどれか一つの問に当てはめて考えてみる、というのはとても有用なフレームワークになる。そしてその行為はいつでも、どこでも、そしてどんな起業家にとっても可能であることのほうが日本のエコシステムにとっては正なはずだ。

シリコンバレーで先んじて培われてきたスタートアップの方法論について多くの方にご理解いただき、そしてたくさんの人達がスタートアップに挑戦できる環境を作る一助ができればと考えています。

という著者ご本人の意図にも合致すると考え、チェックリストにまとめられた発言をまるまる紹介させていただく。

※ご本人・出版社から許可もいただきました。

アイデア

  1. 悪いように見えて、実は良いアイデアですか(サム・アルトマン)
  2. 賛成する人のほとんどいない、自分だけが知っている大切な真実を前提としたアイデアですか(ピーター・ティール)
  3. 自分しか知らない秘密を使ったアイデアですか(クリス・ディクソン)
  4. 週末に頭のよい人達がやっているようなアイデアですか(クリス・ディクソン)
  5. 「私はどんな問題を解決すべきなのか」を考える代わりに、「誰かが解決してくれるなら、どんな問題を片付けて欲しい?」と考えてみましたか(ポール・グレアム)
  6. 誰も築いていない、価値ある企業とはどんな企業でしょうか(ピーター・ティール)

検証

  1. そのアイデアは考え出した(think up)ものではなく、気付いた(notice)ものですか(ポール・グレアム)
  2. アイデアよりも人に注目して、特に病的なまでに活気にあふれていて独立心旺盛な人に注目して気付いたアイデアですか?(ポール・グレアム)
  3. 何かを模倣したようなアイデアではないですか(ポール・グレアム)
  4. 人にアイデアを話すときに、多くの場合は理解をしてもらえずに痛みを覚えるようなアイデアですか(バカにされますか)(クリス・ディクソン)
  5. アイデアを秘密になんてしていませんか(クリス・ディクソン)
  6. 「Why Now?」の問いに答えられますか?なぜ2年前だと早すぎて、2年後だと遅いのですか(セコイア・キャピタル)
  7. 「Why You?」の問いに答えられますか?他人ではできず、自分しかできない理由はなんですか。たとえばあなたの知的好奇心や専門性があるものですか(ポール・グレアム)
  8. 自分の直接的な体験から気づいたアイデアですか(クリス・ディクソン)
  9. 他人やプロから見ると、それはおもちゃのようなものですか(クリス・ディクソン)
  10. 今の社会的規範の反しているように見えますか(クリス・ディクソン)
  11. 一部の投資家だけにしか刺さらず、多くの投資家からは悪いアイデアだと思われるようなものですか(サム・アルトマン)
  12. スタートアップをするために作ったようなアイデアではなく、自然発生的に出てきたものですか(ポール・グレアム)
  13. 未来を考えたときに、今現在掛けているものであり、未来にあるべきようなものですか(ポール・ブックハイト)

課題

  1. これまで見落とされていたような問題ですか(ポール・グレアム)
  2. ミッションを持って取り組んでいる困難な課題ですか(サム・アルトマン)
  3. Google でも他の会社でも、より高給でより高い地位につける人が、20番目のエンジニアとして穴開他の会社を選ぶ理由のあるアイデアですか(ピーター・ティール)
  4. そのアイデアの実行は苦行や面倒を伴うもので、だからこそ誰も手を出していないものですか(ポール・グレアム)
  5. 歯ブラシテスト(一日に利用する歯ブラシの回数である2回を超えて毎日訪問する価値があるようなサービスかどうか)をクリアしますか?(ラリー・ペイジ)

技術

  1. 最新の技術によって、新たに解決できる問題にいち早く気づけたようなアイデアですか(ポール・グレアム)
  2. 2倍や3倍ではなく、10倍以上と言った、桁違いの効率向上やコストダウンを実現できるものですか(ベン・ホロウィッツ)
  3. コストやサイクルタイムが急激に変化している技術領域ですか(サム・アルトマン)
  4. 既存の技術でも、新しい組み合わせによるものであったり、新しい領域に挑むものですか(スティーブン・ジョンソン)

戦略

  1. 今はまだ小さな市場から始まるものですか(ピーター・ティール)
  2. その小さな市場を独占できますか(ピーター・ティール)
  3. 急成長している市場ですか(サム・アルトマン)
  4. このまま正しく進めていけばどれだけ大きな企業になりえますか(ポール・グレアム)
  5. 競合がいて、それに対する優位性を語れますか(競合はいない、と言うのはよくない答えです)
  6. スケールしないことから始めていますか(ポール・グレアム)

おわりに - スロー思考をうまく使う

人の判断メカニズムを心理学的な実験と、統計学的なアプローチで読み解いたファスト&スローという名著がある。*1

ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

反直観的なアイデア、というのはそれに気付いたとしても見逃されがちなアイデア、になりうる。 ファスト&スローの著者であるダニエル・カーネマンによると人間の思考や判断は、2つのシステムによって制御されている。ほとんどの判断は人間自身を守るために殆どが”直観的”になされる(ファスト思考・システム1)。一方で反直観的で疑い深い思考というのはカロリーを多く使い、非常に怠け者だ(スロー思考・システム2)。

システム1とシステム2の分担は、きわめて効率的にできている。すなわち、努力を最小化し成果を最適化するようになっている。ほとんどの場合に仕事の配分がうまくいくのは、システム1がだいたいにおいてうまくやっているからだ。慣れ親しんだ状況についてシステム1が作り上げたモデルは正確で、目先の予測もおおむね正しい。難題が降りかかってきたときの最初の反応も機敏で、だいたいは適切である。ただしシステム1にはバイアスもある。バイアスとは、ある特定の状況で決まって起きる系統的エラーのことである。これから見ていくように、システム1は本来の質問を易しい質問に置き換えて答えようとするきらいがあるうえ、論理や統計はほとんどわかっていない。システム1のもう一つの欠陥は、スイッチオフできないことである。たとえば自分の国の言葉が画面上に現れたら、注意が完全にほかのことに向いているときは別として、ついつい読まずにはいられない
(中略)
システム1は衝動的で直感的であり、システム2は論理思考能力を備えていて注意深い。しかし、少なくとも一部の人のシステム2は怠け者である。そしてこのことに関連するちがいが人々の間に見受けられる。すなわち、システム2を使いたがる人もいれば、システム1寄りの人もいる

スタートアップのアイデアに気づく、そして検証するというのは、この日頃眠るスロー思考を叩き起こし、日常を観察することから始めることではないだろうか。だからこそ人が気づけないアイデアに出会えるのであり、そのアイデアがスタートアップをスタートアップたらしめてくれるのだと思う。スタートアップを始めるためにアイデアを探してはいけない、とポール・グレアムは説く。一方で、スタートアップ向きのアイデアはそれを探せるようにスロー思考へ意識的にスイッチを入れないと見つからない、というのも逆説的な真実なのではないだろうか。

最後に『逆説のスタートアップ思考』が、多くの人に届き、こういった「一見受け入れがたい真実」が共通認識として広まり、チャレンジしやすい社会になれば僕も嬉しい。システム2を叩き起こして、次のアイデアを見つけられるモードにスイッチを入れよう。

逆説のスタートアップ思考 (中公新書ラクレ 578)

逆説のスタートアップ思考 (中公新書ラクレ 578)

*1:上下巻セットで、未だ上巻の70%しか読めていない。。